■建築研究資料

「壁面緑化による建築敷地・街区での温熱環境改善効果に関する研究」

鈴木弘孝

建築研究資料  No.106,  2007,  独立行政法人建築研究所


<概要>
 本研究は、近年ヒートアイランド対策において注目されている屋上や壁面等建築物緑化のうち、主として壁面緑化に着目して建築敷地や街区のレベルでの温熱環境改善効果を定量的に評価することを目的として、壁面緑化の放射特性および蒸発散による熱収支特性についての実験計測を行い、壁面緑化による温熱環境改善効果について検証するとともに、計測結果から得た基礎的数値等を基に、東京都心部の実在街区をモデル化して建築物の屋上や壁面等の緑化の違いによる温熱環境改善効果についてシミュレーションを行った。

 第1章では、近年ヒートアイランド対策や地球温暖化防止対策への対応等環境負荷の少ない都市環境を形成していくための有力な手法として着目されている壁面緑化について、現在屋上の緑化や開発利用に取り組んでいる企業とその技術担当者へのアンケート調査結果に基づき、壁面緑化の市場性、普及の可能性等について民間企業と技術担当者の意識を把握し、技術的課題への認識を整理した。調査の結果、民間企業等の意識として壁面緑化の今後の市場性拡大への期待が高いこと、技術担当者の意識として壁面緑化に関する技術開発を推進していく上で、壁面緑化による温熱環境改善効果の定量化に対して、技術開発上の主要課題と認識していることが明らかとなった。

 第2章では、ヒートアイランド現象が深刻化している東京都23区内を対象に、総合設計制度と特定街区制度によって創出された公開空地等の変遷と緑化の実態について調査を行った。この結果、都心部においては公開空地等が都市公園等の公的オープンスペースの量的な不足を補完していること、敷地・街区面積と公開空地等面積との間には正の相関がみられるが、公開空地等面積と緑被面積の間には有意な正の相関は認めらず、緑化率の向上に直接結びついていないこと、特定街区の施行地区では総合設計の施行地区に比して、広場型空地の占める割合が高くなっていることが明らかとなった。

 第3章では、壁面緑化による建物外部側での温熱環境改善効果を定量的に把握するため、コンクリート壁面との対比による緑化パネルでの実験計測から、壁面緑化の放射収支特性として、日射反射率(アルベド)を約60%低減することが明らかとなった。次に、計測値から平均放射温度(MRT)を算出した結果、緑化パネルでは日中のピーク時で約10℃の低減効果を確認した。また、体感レベルでの温熱指標としてWBGT値(湿球黒球温度)とSET*(標準新有効温度)値を計測値より算出した結果、それぞれ緑化パネルでは1〜2℃の低減が見られ、壁面緑化による温熱環境改善効果を定量的に検証することができた。

 第4章では、壁面緑化による蒸発散量を重量法により計測し、壁面緑化の表面部において気化熱が潜熱として消費されることによる建物外部側への温熱環境緩和の程度を定量的に把握することを試みた。具体的には、プランター型とパネル型の2種類の試験体を用いて、蒸発散量の計測値から潜熱フラックスを算出し、顕熱の抑制効果の検証を行った。計測の結果、プランター型では正味放射量の約25%を、パネル型では同じく約60%を潜熱フラックスとして消費し、壁面緑化における蒸発散作用による顕熱抑制効果を定量的に捕捉した。また、SAT計を用いて対流熱伝達率、物質熱伝達率を求め、蒸発特性を示す数値である蒸発効率を算出した結果、実測した蒸発散量による蒸発効率0.20から0.40の実証的数値を得た。

   第5章では、上記の実験計測により得られた対流熱伝達率、蒸発効率等の基礎的数値を基に、ヒートアイランド現象が顕在化している東京都心部の千代田区大手町に実在する街区を対象としてモデル化し、壁面等の建物緑化の程度の違いによる街区内での温熱環境改善効果をCFD(計算流体力学)解析を用いてシミュレーションし、定量的な評価を試みた。屋上緑化に加えて壁面緑化を行うことによる気温、MRT、 SET*の街区内での低減効果について定量的な効果を確認した結果、気温とMRTでは最大で3℃、SET*では最大で1℃さらに低減し、壁面緑化によるモデル街区内での温熱環境改善効果を定量的に確認し、実在街区において気温・湿度の実測を行った計測値との比較から、得られた計算結果は概ね妥当と判断された。

 終章では、第1章から第5章までの検証の結果得られた主な知見をまとめるとともに、今後の課題を整理した。研究方法上の課題としては、緑化植物の種類や培土条件に関するデータの蓄積の必要性と屋外での新たな温熱指標の必要性に言及した。


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